April 0942000

 夜櫻のぼんぼりの字の粟おこし

                           後藤夜半

たまんま、そのまんま。だが、なぜか心に残る。夜半の初期(二十代だろう)には、このような小粋な句が多かった。「見たまんま、そのまんま」だが、目のつけどころに天賦の才を感じる。夜桜見物。誰でもぼんぼりにまでは目がゆくが、書かれている広告文字にまでは気が及ばない。ぼんぼりの「粟おこし」は単なる文字でしかないけれど、こうやって句に拾い上げてやると、春の宵闇のやわらかな感覚に実によくマッチしてくるから不思議だ。ここは、やはり「粟おこし」でなければならないのであって、他の宣伝文字のつけ入る余地はあるまい。ここらあたりが、短い詩型をあやつる醍醐味である。夜半は明治生まれで、生粋の大阪人。生涯、大阪の地を離れることはなかった。だから、掲句はよき時代の大阪の情緒を代表している。いつもながらの蛇足になるが、「桜」の旧字の「櫻」というややこしい漢字を、昔の人は「二階(二貝)の女が気(木)にかかる」と覚えた。こう教わると、女性の場合は知らねども、男だったら一度で覚えられる。いや、忘れられなくなる。庶民の小粋な知恵というものだろう。『青き獅子』(1962)所収。(清水哲男)




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