March 2332000

 春の月水の音して上りけり

                           正木ゆう子

か、あるいは大きな河の畔での情景だろう。水に姿を写しながら、ゆっくりと上るおぼろにかすむ月。周辺より聞こえてくる水の音は、さながら月が上っていくときにたてている音のようである。掲句を写生句と見れば、このような解釈も成り立つが、しかし、作者はむしろ幻想に近い作品と読んで欲しいのではあるまいか。句の姿勢からして難しい言葉を使っていないし、できるだけ俗世界に通じる具象を排除したがっているように思えるからだ。すなわち、ここでは本当にかすかな水音をたてながら、月が上っているのだと……。だから、月がおぼろに見えるのは、水に濡れているせいなのだ。無数の水滴をまとっている月だからなのである。それにしても、水の音をさせながら上ってくる月とは、なんという美しい発見にして発想なのだろう。もってまわった表現をすることもなく、ここまで大きな幻想世界を描き出した作者に脱帽したい。これからの俳句での抒情の地平が、まだ大きく広がっていく可能性のあることを、雄弁に示唆している句だとも言える。一読感心。「俳句研究」(2000年2月号)所載。(清水哲男)




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