March 1732000

 鶏追ふやととととととと昔の日

                           摂津幸彦

面的にも面白い句だが、写生句でもある。戦後しばらくの間は、競うようにして鶏を飼ったものだ。少しでも、栄養不良を解消しようと願ってのこと。だから「昔の日」なのである。夜の間は鶏舎に収容しておいて、朝方に卵を生ませる。昼間は運動を兼ねてそこらへんの物を食べさせようというわけで、放し飼いにした。あのころは、表のどこにでも鶏がいた。まだ「バタリー方式」だなんて酷薄な飼い方も、一般には知られてなかった(私は百姓の息子だったので、雑誌「養鶏の友」で知ってましたけどね、エヘン)。「とととととと」は、そんな鶏たちの走り回る様子の形容であると同時に、夕刻に彼らを鶏舎に追い込むときの「とぉとぉとぉ……」という掛け声だ。なぜ「とぉとぉとぉ、ととととと」と言って追ったのか、その謂れは知らない。馬に止まれと命令するときに使う「ドウドウ」にしてもそうだが、誰か動物との対話に長けた先達の発明語なのではあるだろう。我が家は三十羽ほど飼っていたので、夕刻に何度「とぉとぉとぉ」を連呼したことか。鶏舎に追い込むのは、子供の仕事だった。ちょっと哀愁を帯びたトーンのこの掛け声を、京都の詩人・有馬敲さんが自演して、フォーク全盛時代にレコード化したことがあり、いまでも思い出して聞くことがある。過ぎ去ればすべて懐しい日々……。と、これは亡くなった岡山の詩人・永瀬清子さんの著書のタイトルである。『鹿々集』(1996)所収。(清水哲男)




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