February 2922000

 薮うぐひすようこそ東京広きかな

                           及川 貞

(うぐいす)といえば春だが、「薮鶯(やぶうぐいす)」は冬に分類。越冬期に人里近く降りてくる鶯のことで、まだ鳴き声も「チチッ、チチッ」とおぼつかない。そんな時期の鶯が、庭先にでも姿を現したのだろうか。ああ、春も間近だと嬉しくなり、思わずも「ようこそ」と内心で声をかけている。一般的に「東京は広い」というとき、地理的な広さとは別に、転じて「何でもあり、何でも起きる」という意味に使うことがあるが、句の「広き」もこれに近い意味だと思う。まさか、こんな町中のこんな庭にまで鶯が……というニュアンスだ。だから「ようこそ」なのである。作られたのは、戦後も十数年を経たころ。薮(あるいは、かろうじて薮と呼べるところ)なども、まだ東京のそこここに残っていたとはいえ、鶯の出現はもはや珍しい出来事であったにちがいない。読後、私は「ようこそ」の挨拶語をこのように使える作者(女性)の人柄に思いがおよび、とても暖かい心持ちになった。しばらく、心地よい余韻に酔った。このころも世の中はギスギスしていたが、しかし一方では人々に高度成長期への躍動感もあったはずで、そのあたりの雰囲気が句に暖かさを誘ったとも読んだのだった。『夕焼』(1967)所収。(清水哲男)




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