February 2022000

 朝寝して旅のきのふに遠く在り

                           上田五千石

語は「朝寝」で春。春眠に通じる。長旅から戻った疲れから、時間を忘れて遅くまで眠った。目覚めたときに一瞬、自分の寝ている場所がどこかと確認し、自宅であることに安堵して、またうつらうつら……。心地よいまどろみ。「きのふ」までの遠い旅の余熱が残っている気分が、よく出ている。海外から戻ったときなどには、とくにこうした気分の朝を迎える。旅先での緊張度が、いかに重いものかを実感させられるときだ。俗に「枕がかわると眠れない」などと言うが、旅行には必ず自分の枕を携行する友人がいる。ライナスの毛布みたいだけれど、案外そういう人は多いのかもしれない。私の場合は、大昔の学生運動でのごろ寝の習慣が身に付いてしまい、どんな環境でも一応は寝ることができる。ただ、だんだん年齢を重ねてくるにつれ、身体がぜいたくになってきたのか、静かな部屋でゆったり寝たいと思うようにはなってきた。よほどのことでもなければ、もう教室の机の上や公園のベンチで寝ることもないだろう。青春という名のはるかに遠い旅の日々よ。「俳句とエッセイ」(1982年5月号)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます