February 1422000

 老教師菓子受くバレンタインデー

                           村尾香苗

生徒からリボンをかけた小函を差し出されて、一瞬いぶかしげな表情になる。が、すぐに破顔一笑「ありがとう」という光景。きっと、先生の笑顔は素敵だったろう。題材を「老教師」にとったところが、作者の腕前を示している。バレンタインデーのいわれは、いまさらのようだから省略するが、こうしたほほ笑ましい交歓を生んできたところもあり、一概にチョコレート屋の商業戦略をののしってみたところではじまるまい。「義理チョコ」というミもフタもない言葉もあるけれど、この場合はそうではなく、やはり真っ当な愛情表現の一つになっている。この日の句では、小沢信男の「バレンタインデー樋口一葉は知らざりき」も傑作だ。彼女の薄幸の生涯を想うとき、句にはまことに哀切な響きがあると同時に、返す刀で「義理チョコ」世相の軽薄を討つ姿も見て取れる。で、ひさしぶりに、一葉の淡い愛の世界を読みたい気分になった。ついさきほど、たしかこのあたりに文庫本があったはずだと書棚を眺めてみたが、見当たらない。発作的にある本が読みたくなったときに、こうして、私は同じ本を何冊も買う羽目におちいってしまう。昔からだ。(清水哲男)




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