February 0722000

 東風吹かばポテトチップス歩み来る

                           小枝恵美子

風(こち)には「荒東風」という言い方もあるように、春先に吹くやや荒い風のことだ。「春風」の駘蕩とした柔らかさは、まだない。が、冬の間の北風が東からの風に変わってきただけでも、春本番も間近と思えて、気分はなごんでくる。そんな嬉しさのなかで、掲句は発想された。まさか「ポテトチップス」が歩いて来るわけもないけれど、あのシャワシャワとざわめくような感触が、よく「東風」の体感とつり合っている。リズムも軽快で、理屈抜きに楽しい句だ。「ポテトチップス」は季節を問わない食べ物ではあるが、こう詠まれてみると、早春にいちばん似合う菓子だと思えてくるから不思議な気もする。作者の感覚の勝利である。この種の句は、たくらんだり推敲を重ねたりして出来るものではないだろう。その時その場の感覚の瞬発力で、それこそ理屈抜きに書きとめてしまう必要がある。このように、俳句にはとっさの感応に呼応する受け皿も、伝統的にちゃんと用意されており、そこが常に構築を要求する(かのような)他ジャンルの文芸とは大いに違うところだ。詩の書き手としては、妬ましくもうらやましいと言っておくしかない。『ポケット』(1999)所収。(清水哲男)




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