January 2912000

 無礼なる妻よ毎日馬鹿げたるものを食わしむ

                           橋本夢道

性読者よ、お怒りめさるな。奥さんとの仲はとてもよかったというのが、作者を知る人たちの一致した弁。句は、妻へのいたわりの反語的表現なのだ。「馬鹿なやつめ」が、愛情表現の反語に通じているのと同じこと。毎日の食卓に気の利いた料理ひとつ出せない貧乏生活を、妻に強いている自責の念が込められている。近代俳句の社会派を代表する夢道は、俳句弾圧事件のために、約二年間の獄中生活を余儀なくされた。代表作の一つ「大戦起るこの日のために獄をたまわる」(1941)は、すさまじいまでの反語表現による抵抗句だ。徳島県吉野川流域の小作農家に生まれ(1903)、十五歳で上京して深川の肥料問屋に奉公。その後いくたびか職をかえ、戦後は銀座月ヶ瀬の役員となった。で、ここで再度女性読者にアピールしたいことがある。何を隠そう。実は、この人は「蜜豆(あん蜜)」を発明し、世間に知らしめた一大功労者なのだ。はじめて蜜豆を売りだしたときのコピーに「蜜豆はギリシャの神も知らざりき」と書いて、これが評判となり、売れ行きが大いに伸びたという話が伝わっている。俳句の世界では自由律の権化のように思われている夢道だが、五・七・五の魅力はちゃあんと承知していたというわけだ。『無礼なる妻』(1954)所収。(清水哲男)




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