January 1612000

 春雨や頬かむりして佃まで

                           辻貨物船

節に外れた句の掲載をご寛容いただきたい。「貨物船」は、一昨日急逝した詩人にして小説家・辻征夫の俳号である。享年六十歳。下町をこよなく愛した「ツジ」(と、私は呼び捨てにしていた)らしいユーモラスでもあり、ちょっぴり哀しくもある句だ。詩や小説とはちがって、決して上手な俳句作りじゃなかったけれど、我らが「余白句会」には欠かせない存在だった。いつも彼の周辺には、春風のように暖かく人を包む雰囲気が漂っていた。その「ツジ」が「頬かむり」もしないで、あろうことか忽然と姿を消しちゃったのだ。「これが飲まずにいられよか」と、いま私はビールを飲みながら、この原稿を書いている(15日午前10時)。この数行を書くのに一時間。「まだ中有にいるはずのツジよ、あんまりオレを混乱させるなよ。キミはすぐにばれる嘘つきの名手だったから、今度のことも、すぐにばれてほしいよ。もう一度この世に戻って、みんなに挨拶くらいして行けよ」。昨夜遅くに八木幹夫から訃報を知らされたときには、びっくりして涙も出なかった。でも、いまは違う。涙がじわりと滲み出てきてしまう。キミが元気だったら参加するはずの新年会が、今夜ある。元気でなくてもいいから、会には必ず出てこいよ。きっと、だぜ。……なんて、いくら書いても空しい。世紀末を生きた凄腕抒情詩人の冥福を祈る。そう言うしか、他に言葉はない。合掌。『今はじめる人のための俳句歳時記』(角川書店・1997)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます