January 1312000

 ふるさとは風の中なる寒椿

                           入船亭扇橋

木忠栄個人誌「いちばん寒い場所」(30号・1999年12月刊)で知った句だ。「品のいい職人さんが羽織を着て、そのまんま出てきたような涼しい姿」とは、落語好きの八木君の扇橋(九代目)評。扇橋の俳号は「光石」で、高校時代には水原秋桜子「馬酔木」の例会に出ていたというから、筋金入りだ。この人の故郷は知らないが、望郷の一句だと思われる。故郷を思い出し、その姿を彷彿させるというときに、人はディテールにこだわるか、逆に細々した具体物を捨ててしまう。句は後者の例で、故郷は「風の中なる寒椿」の自然に代表され、人間の匂いは捨象されている。このことから読者は、詠まれている「ふるさと」の寒々とした風景にリリカルに出会い、次には自身の故郷の冬のありようへと心が移っていく。望郷の念やみがたくというのでもなく、時に人は季節に照応して、このように故郷を偲ぶ。道具立ての揃った「うさぎ追いしかの山……」の唱歌よりも、モノクロームの世界にぽちりと紅い椿を置いてみせたこの句のほうが鮮やかなのは、俳句的抽象化の力によるものだろう。大人の句だ。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます