November 14111999

 穴惑ひ生きる日溜まりやはりなし

                           つぶやく堂やんま

語は「穴惑ひ(あなまどい)」。冬眠すべく仲間はほとんど穴に入ってしまったのに、いつまでも地上を徘徊している蛇のことだ。それこそ「蛇蝎(だかつ)」のように蛇を嫌う人は多いが、しかし、このような季語が存在するのは、日本人にとっての蛇が極めて身近な生物であったことの証明である。嫌いだけれど、とても気になる生き物だったのだ。暖かいからといって、まだうろうろしている姿に馬鹿な奴だと苦笑しつつも、他方では少し心配にもなっている。句は逆にそんな蛇の気持ちを代弁しており、実は馬鹿なのではなく、必死に地上生活を望んでいるのだが、ついに果たせないあきらめを描いていて秀逸だ。「やはり」と言う孤独なつぶやきはまた、ついに夢を果たせない私たちのつぶやきでもある。深刻になりがちな世界を、さらりと言い捨てた軽妙さもなかなかのものだ。地味だが、とても味わい深い。再来年21世紀の初頭は「巳年」である。大いなる「穴惑ひ」の世紀になるような気がする。そのときには、誰かがきっとこの句を思い出すだろう。『ぼんやりと』(1998)所収。(清水哲男)




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