November 01111999

 隅占めてうどんの箸を割損ず

                           林田紀音夫

阪は下村槐太門の逸材と喧伝された作者は、なによりも「叮嚀でひかえめでものしづか」(島津亮)な人だったという。そういう人柄だから、数人でうどん屋に入っても、必ず隅の席にすわりたい。人と人に挟まれてうどんを食べるなどは、どうにも居心地がよろしくないのである。でも、いつも隅の席を占められるとは限らない。酒席の流れだろうか。今宵は無事に隅にすわれた。やれやれと安堵し、そこまではよかったのだが、運ばれてきたうどんを食べようという段になって、割り箸が妙な形に割れてしまった。折れたのかもしれないが、とにかく、これでは食べられないという状態になった。そこで「ひかえめでものしづか」な人は、大いにうろたえることになる。店員に声をかけようとしても、忙しく立ち働く彼らを見ていると、なんだか気後れがする。でも、思いきって声をかけてみたが、相手には聞こえないようだ。しかし、何とかしなければ、せっかくのアツアツうどんがのびてしまうではないか。周りの連中は、彼の困惑に気がつかず、うまそうに食べている。当人が真剣であればあるほど、滑稽の度は増してくる。そのあたりの人情の機微を巧みにとらえた作品だ。無季の句ではあるが、だんだん寒くなるこの季節に似合っている。(清水哲男)




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