October 20101999

 うそ寒きラヂオや麺麭を焦がしけり

                           石田波郷

麭は食用の「パン」のこと。ちなみに、麺麭の「麺(めん)」は小麦粉のことであり、「麭(ほう)」は粉餅の意である。なるほど、考えられた当て字だとは思うが、難しい表記だ。さて、何となく寒い感じになってきた朝、作者はいつものようにパンを焼いている。習慣でつけているラジオの音も、今朝は何となく寒そうに聞こえてくる。昔のラヂオ(ラジオ)は茶の間の高いところなどに置いてあったから、台所からではよく聞こえない。そんなラジオに束の間、作者は聞き耳を立てていたのだろう。パンに心が戻ったときには、焦がしてしまっていた……。いまのトースターのように、焼き上がる時間をセットできなかったころの哀話(笑)だ。そこで作者は、うかつな失敗を犯した自分にちょっぴり腹を立てているわけだが、それが「うそ寒」い気持ちを倍加させている。ラジオの放送の中身も大したことはなかったようで、「うそ寒きラヂオ」という表現になった。肌身に感じる寒さにとどまらず、心のうそ寒さまでをも言い止めた句だ。寒いと言えば「嘘」になる「うそ寒さ」。と言うのは「真っ赤な嘘」(笑)で、本意は「薄寒さ」。客観的な「秋寒」などよりも、心理的な色彩の濃い言葉だ。こんな表現は、外国語にはないだろうな。(清水哲男)




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