October 04101999

 稲妻のゆたかなる夜も寝べきころ

                           中村汀女

は「ぬ」と発音する。遠くの夜空に、音もなく雷光のみが走る。稲妻(いなづま)は「稲の夫(つま)」の意で、稲妻によって稲が実るという俗説から秋の季語となった。その稲妻を「ゆたか」と受け止めている感性に、まずは驚かされる。私などは目先だけでとらえるから、とても「ゆたか」などという表現には至らない。作者は目先ではなく、いわば全身で稲妻に反応している。他の自然現象についても、そういう受け止め方をした人なのだろう。汀女句の「ふくよかさ」の秘密は、このあたりにありそうだ。昔の主婦は、格段に早起きだった。だから「寝べきころ」とは、明日の家族の生活に支障が出ないようにセットされた時間だ。このことについても、作者が全身でゆったりと受け止めている様子が、句からよく伝わってくる。その意味では「ゆたか」を除くと凡庸な作品に思えるかもしれないが、それは違う。私たちが、いま作者と同じ立場にあると仮定して、はたして句のように些細な日常を些細そのままに切り取れるだろうか。ここに隠されてあるのは、極めて犀利なテクニックが駆使された痕跡である。『汀女句集』(1944)所収。(清水哲男)




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