October 03101999

 黒塗りの昭和史があり鉦叩

                           矢島渚男

ぶん、私の解釈は間違っている。「黒塗りの昭和史」とは暗黒の歴史そのもの、ないしは黒い装釘の歴史の本か、いずれかを指すのだろう。が、私は変なことを考えた。俗に「黒塗り」といえば、高級な乗用車のことだ。皇族や政財界の大物が乗り、宗教家やヤクザの親分などが乗り回す。「黒塗り」をそのように受け取ると、表裏の社会の権力者の一つの象徴ということになる。そんな「黒塗り族」が形成した昭和史を一方に見据え、他方に、権力者にとってはあまりにもか細い「鉦叩(かねたたき)」の声を庶民の声の象徴として配置した。か細いというよりも、「黒塗り」の中からは、鉦叩の声など聞こえやしない。むろん作者は鉦叩の側にいるから、どこかでかすかにチンチンと鳴いている声が、さながら昭和史への葬送の鉦のように聞こえている……。このとき「黒塗り」は、いつの間にか霊柩車に化しているというわけだ。体長、わずかに一センチの鉦叩。「五ミリの魂」と粋がることもできないほどに、「黒塗り」の暴走ぶりは凄まじかった。『翼の上に』(1999)所収。(清水哲男)




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