September 25 1999
秋出水乾かんとして花赤し
前田普羅
台風や集中豪雨のために洪水となる。それが「秋出水(あきでみず)」。句は、洪水がおさまって一段落したころの様子を詠んでいる。信じられないような青い空が戻ってきて、人々は後片づけに忙しい。出水にやられると、何もかもが泥だらけになってしまうので、とにかく始末が悪いのだ。もちろん、水に漬かった花々も泥にまみれている。赤い花というのだから、曼珠沙華だろうか、それとも鶏頭の類だろうか。ふと目をやると、いつもよりひときわ花の赤い色彩が鮮やかに映えて見えた。そういう情景だ。出水の灰色に慣れた目で見るのだから、泥のついた花であろうと鮮やかに見える理屈だが、普羅の意識はもっと先へと自然に進み、「乾かんとして」と、いわば「花の意志」を詠み込んでいる。俳句の素人と玄人を識別する物差しがあるとすれば、このあたりの詠み込み具合が基準の一つになるのだろう。同じような情景を詠んだ句は他にもたくさんあると思うが、「乾かんとして」と花に意志があるように自然に詠むのは、普羅ひとりである。しかもこの場合に、「乾かんとして」という表現は奇態なそれでもなんでもなく、言われてみれば「そうだなあ」というところが、実に技巧的でもあり、技巧を感じさせない技巧の妙でもある。「かなわねえなア」と、私などはうなだれてしまう。(清水哲男)
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