September 2291999

 稲びかり少女は胸を下に寝る

                           加畑吉男

巻は、「胸を下に」という描写の妙にある。単にうつ伏せに寝ているだけなのだが、「胸を下に」と言うことで、少女の身の固さが伝わってくる。でも、少女は稲びかりが恐くて、そんな身の縮め方をしているのではない。このときに、少女は既に眠っているのだ。だから、彼女は稲びかりなど知らないのである。ここに、一種幻想画のようなポエジーが発生する。何も知らずに寝ている少女の寝室の窓に、邪悪な稲びかりが青白く飛び交っている。「胸を下に」の防御の姿勢の、なんと危うく脆く見えることか。はたして、少女の運命や如何に……。とまあ、ここまでバタ臭く読む必要はないと思うが、これから大人の女に成長していく少女の身の上に、思いもよらぬ蹉跌が稲びかりのように訪れるときもあるだろう。そのことを作者は予感したような気になり、「胸を下に」寝る少女の身の固さを愛しく思っている。そしてたぶん、この少女は実在してはいないのだろう。稲びかりのなかで、ふと浮かんだ幻想の少女像なのだと思いたい。そのほうが、少女像はいっそう純化されるからである。助詞の「は」が、そのように読んでほしいと言っている。(清水哲男)




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