September 1491999

 聞き置くと云ふ言葉あり菊膾

                           中村汀女

膾(きくなます)は、菊の花びらを茹でて三杯酢などで和えたもの。岩手や山形、新潟あたりでは八百屋の店先に食用菊があり、ごく普通の食べ物だけれど、日本列島も西の地域では、まずお目にかかれない(と思う)。私も三十代になって山形に旅行するまでは、食用菊の知識はあっても、実際には食べたことがなかった。句は汀女五十六歳の作であるから、「聞き置く」とするならば、その是非は年令からして作者自身の判断にゆだねられている局面だろう。会食の席で、誰かに何かを訴えられた。さて、どう返答したらよいものか。いささかの思案のために、菊膾に箸を伸ばしてはみたものの、しょせん即決できるような問題ではない。口中にほろ苦い香気がひろがるなか、作者は「聞き置く」という言葉があることに思いがいたり、さりとてすぐさま「聞き置く」と口に出すことには逡巡している。なぜなら、それは訴えに対する婉曲な拒否の言葉だからだ。関西で言う「考えさせてもらいます」と、ほぼ同義である。どうしたものか。さながら菊膾の風味のように、心はきっぱりと定まらないのである。『紅白梅』所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます