September 0991999

 竹の実に寺山あさき日ざしかな

                           飯田蛇笏

よろと頬を撫でる秋風のように、寺山の日はあさく、句も淡い。実に淡々としていて、水彩画のようなスケッチだ。が、この句の情景を実際に目の前にした人のほとんどは、「えらいこっちゃ」と大騒ぎをしていたはずである。作者のように、落ち着きはらってはいられなかったろう。竹に花が咲き実を結ぶのは、およそ六十年周期だからだ。六十年に一度しか、こういうことは起こらない。一生に一度、見られるかどうかの珍しい現象なのである。竹は「いね科」の植物だから、素人的にも、実を結ぶことに違和感はない。しかし、その形状や質感までは、見当もつかない。「いね」のように穂をつけて、たわわに稔って飢饉を救ったたという伝説はあるけれど、どんな「実」なのだろう。私は三十代に旧盆の故郷を訪れ、偶然に竹の花を見たことがある。竹林全体が、真っ黄色だった。「珍しいねえ」と私は言い、「これで山が駄目になる」と友人は暗い顔をした。カメラを持っていったのに、写真一枚撮れなかった。尻切れトンボだが、「9」という数字がたくさん並ぶ珍しい今日よりも、もっと珍しい句があったというわけで……。(清水哲男)




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