August 2681999

 晩夏光バットの函に詩をしるす

                           中村草田男

に暦の上では秋であるが、実際に「夏終わる」の感慨がわくのは、今の時期だろう。「バット」(正式には「ゴールデンバット」)は煙草の銘柄。細巻きで短く、安煙草の代表格だった。「函」とあるけれど、いわゆるボックス・タイプではなかったように思う。それとも、私の知る以前のものは堅い函に入っていたのだろうか。いずれにしても、作者はふと浮かんだ句を、忘れないようにと煙草の函に書きとめたのである。とりわけて夏場に旺盛な創作欲を示した草田男のことだから、いささか秋色を増してきた光のなかでのメモには、特別な感傷を覚えたにちがいない。そして、このときに書かれた「詩」が、すなわちこの句であったと想像すると面白い。句が先にあって、句の中身をなす行為が後からついていっているからである。「見たまま俳句」ではなく「見る前俳句」だ。はじめて読んだときに、根拠もなくそう感じたのは何故だろうか。手近にメモ用紙がないときに、よく利用されるのが箸袋だが、この場合はやはり「バット」でないと具合が悪いだろう。金色の「バット(蝙蝠)」マークが晩夏の光色に照応して、隠し味になっている。(清水哲男)




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