August 2481999

 彼方の男女虫の言葉を交わしおり

                           原子公平

会の公園だろうか。それとも、もう少し草深い田舎道あたりでの所見だろうか。夕暮れ時で、あたりでは盛んに秋の虫が鳴きはじめた。ふと遠くを見やると、一組の恋人たちとおぼしき男女が語らっている様子が見える。が、見えるだけであって、むろん交わされている言葉までは聞こえてはこない。彼らはきっと、作者の周囲で鳴く虫と同じような言葉でささやきあっているのだろう。そんな錯覚にとらわれてしまった。が、錯覚ではあるにしても、人間同士の愛語も虫どものそれも、しょせんは似たようなものではあるまいか。と、そんなことを作者は感じている。すなわち、愛語は音声を発すること自体に重要な意味あいがあるのであって、言葉の中身にさしたる意味があるわけではない場合が多いからだ。皮肉は一切抜きにして、作者は微笑とともに、そういうことを言っているのだと思う。ああ、過ぎ去りし我が青春の日々よ。作者は、それから半ば憮然として、この場を足早に立ち去ったことだろう。『海は恋人』(1987)所収。(清水哲男)




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