August 1781999

 桃食うて煙草を喫うて一人旅

                           星野立子

中吟だろう。車内はすいている。おまけに、一人旅だ。誰に遠慮がいるものか。がぶりと大きな桃にかぶりつき、スパーッと煙草をふかしたりもして、作者はすこぶる機嫌がよろしい。「旅の恥はかきすて」というが、可愛い「恥」のかきすてである。昔(1936年の作)のことだから、男よりも女の一人旅のほうが、解放感が倍したという事情もあるだろう。私は基本的に寂しがり屋なので、望んで一人旅に出かけたことはない。止むを得ずの一人旅は、それでも何度かあり、でも、桃をがぶりどころではなかった。心細くて、ビールばかりを飲むというよりも、舐めるようにして自分を励ますということになった。現地に着いても、すぐに帰りたくなる。困った性分だ。だが、好むと好まざるとに関わらず、私もやがては一人旅に出なければならない時が訪れる。十万億土は遠いだろうから、ビールを何本くらい持っていけばよいのか見当もつかない。帰りたくなっても、盆のときにしか帰れないし……。などと、ラチもないことまで心配してしまう残暑厳しい今日このごろ。『立子句集』(1937)所収。(清水哲男)




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