July 2571999

 蝉の家したい放題いませねば

                           藤本節子

者は、やかましいほどの蝉時雨を浴びている家にいる。でも、ちっとも不愉快じゃない。むしろ、蝉時雨に拮抗できるほどの元気が、作者にも、そして家族にもあるということだ。病人一人いるわけじゃなし、みんなが元気という、いわば一家の盛りの夏である。とはいえ、この家のこうした元気もいつかは衰えていくだろう、そう長くはつづくまいと、作者は予感している。すでに家中に、かすかな兆しが見えはじめているのかもしれない。だからこその、今のうちなのだ。誰に気兼ねをすることもなく、したい放題自由にふるまう時間は短いだろうから、何でも好きなことをやっておかねば……。俳句にしては、珍しく明朗で愉快なメッセージが伝わってくる。私などは「元気だなあ」と半ば呆れ、半ば感心させられる句境だ。ところで、作者の「したい放題」とは、何だろうか。おそらく、作者にもよくわからないのではないか。とにかく「したい放題」何でもやるのだという元気な決意が、沸き立つ蝉の声を貫いて読者に届けば、それが作者の本意なのだと思う。(清水哲男)




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