July 0171999

 薔薇を転がる露一滴の告白なり

                           原子公平

白の中身は問わないにしても、一点の曇りも虚飾もない告白。人に、そういうことが可能だろうか。可能だとすれば、それはこのように小さくて瑞々しく清らかだろう。かくの如き告白ありき、というのではなく、作者はあらまほしき告白の姿をかくの如く詠んだのだろう。ただし、この読み方は作者の意図を半分しかとらえていないと思われる。何故か。モチーフは薔薇の花を転がる露だから、作者は花に近く顔を寄せている。束の間、露一滴の美しさに陶然とした。それが告白という人の秘密の吐露に結びついたわけだが、この事情をよく考えてみると、作品の示すベクトルは、実は「告白」に向かってはいないことがわかってくる。あえて言えば、句の「告白」は薔薇の露一滴の甘美な美しさを演出するための小道具なのであって、句全体は「告白」に反射する光を結局は薔薇の露一滴に集めているのだ。すなわち、巡り巡っての薔薇賛歌と読むのが妥当だろう。俳句様式ならではの仕掛けの妙を、私としては以上のように感じたのだが、どんなものだろうか。『海は恋人』(1987)所収。(清水哲男)




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