June 2961999

 見て覺え見て覺え今日沙羅の花

                           後藤夜半

羅(さら)の花は椿のそれに似ていることから、別名を「夏椿」とも言う。「沙羅双樹」は別種。花の名前を覚えるのは、なかなか大変だ。結局は、作者のように何度も見て記憶するしか方法がないわけだが、なにせ季節物なので、次の年に開花したときには忘れていたりする。その反面、めったに咲かない「月下美人」などの珍花(?!)は、一度見ると、もう忘れない。しかし、なかには何故か自分だけに覚えにくい花の種類もあるようで、一所懸命に何度も覚えるのだが、いつの間にか記憶が失せてしまうのだ。作者にとっての沙羅は、そういう花だったのかもしれない。句の「今日」を、今日こそは覚えるぞという「今日」ととらえると、作者の気合いが伝わってきて好もしい。若い女性的に言うと「カッワイイー」というニュアンスもある。句作当時の夜半の年齢は、八十歳くらいか。そのことを思うと、おのずからまた別の感慨もわいてくる。比べれば、私などはまだ小僧の年齢だ。負けてはいられない。よく見て、ちゃんと見て、しっかりと覚えよう。『底紅』(1978)所収。(清水哲男)




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