June 1561999

 蛍火のほかはへびの目ねずみの目

                           三橋敏雄

の年代くらいだと、句の意味はすぐにわかる。子供の頃、蛍狩りに出ていく前に親から必ず注意されたことが、そのまま句になっているからだ。飛んでいる蛍を追いかけるのはよいが、地上の草叢などで光っているものには気をつけろ、と。もちろん単なる蛍のこともあるけれど、蛇や鼠の目のこともある。毒を持つ蛇の目は赤く光るので、とくに注意が肝要だと言われた。さすがの我ら悪童連も、蛇の怖さはよく知っているから、草叢で光るものには一切手を出さなかった。しかし、暗やみで蛇や鼠の目が発光することはないだろう。あれは、大人たちが子供に身の安全を守らせるための方便としての嘘だったのだ。そんなことは百も承知で、作者はそれを本当のこととしてこのように詠んだ。詠まれてみると、なにやら不気味な世界が、蛍火の下で実体化してくる。そこに、この句の手柄がある。ここ数年、私の住む地域でも、懸命に蛍火復活のために努力している人たちがいる。難しい条件を満たす必要があると聞くが、究極のところ、蛇や鼠の復活なしに蛍火の完全復活はありえないだろう。子供の頃に毎夏、茫然とするほどにたくさんの蛍火の明滅を見た。私は、あの記憶で十分だ。『三橋敏雄全句集』(1982)所収。(清水哲男)




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