May 2651999

 よぼよぼの虻を看とらぬ地球哉

                           永田耕衣

さなものと大きなものとを対比させたり衝突させたりして、そこにポエジーを発生させる技法は、詩一般にとって親しいものだ。それにしても、虻(あぶ)と地球とはケタ外れの大きさの違いである。しかも、死に瀕している虻とまだまだ盛んに命を燃やしている地球の、二者の勢いの差も甚だしい。だが、不思議なことに、この句の虻は地球よりもむしろ大きく見えている。いきなり「よぼよぼの虻」とクローズアップしているためでもあるが、考えてみて、私たちは地球を虻を見るようには見たことがないせいだと思った。つまり、ここで虻は限りなく具象的な物体であり、地球は限りなく抽象的なそれである。そこで、句の眼目は小さなものと大きなものとの対比だけではなくて、具体と抽象との対比にもずれ込んでいく。さらに作者は、地球という抽象的物体に「看とらぬ」という人間的な意志を持たせた。これで、ぐんと地球が小さく写る仕掛けだ。もちろん、作者はこのように順番を踏んで書いたのではなく、あくまでも一気呵成に詠んでいるわけだが、無粋に分析すると、こういうことだろう。この仕掛けのために、世界は少しも暗くない。「これでよし」と、すっきりとした明るいニヒリズムが感じ取れる。『殺佛』(1978)所収。(清水哲男)




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