May 1951999

 先ず頼む椎の木もあり夏木立

                           松尾芭蕉

時中、日本の少年が南洋の島の王様になって活躍する『冒険ダン吉』(島田啓三)という人気漫画があった。リアルタイムで読めた最後の世代に属する私などに魅力的だったのは、ストーリーよりも、ダン吉や村人たちにはまったく飢餓の怖れがなかったというところだった。島のあちこちにはバナナの樹が群生しており、空腹になれば、彼らは好き勝手にバナナを食べればよかったのである。日常的な飢餓状態にあった東京の小学生(正式には「国民学校生」)には、なんとまぶしい南洋生活に写ったことか。彼らには「先ず頼む」バナナという強い味方があったのだ。ここで芭蕉も、食料がなくなれば「椎の木」を頼むことができるさ、と言っている。いよいよとなったら椎の実があるじゃないかと。その気持ちが、明るい夏木立にキラキラと反射している。芭蕉は奥羽北越の旅を終えてから、近江は石山近くの庵に入って静養した。「単に(ひたぶるに)閑寂を好み、山野に跡を晦(くらま)さんとにはあらず、やゝ病身人に倦(う)みて世を厭ひし人に似たり」(『幻住庵記』)という境地。もとより、芭蕉とダン吉の心情には水と油ほどの違いがあるが、双方の読者としては「先ず頼む」ものがあるという一点において、羨望の念を禁じ得ない。ところで、あなたの「先ず頼む」ものとは何でしょうか。漫画的蛇足ながら、バナナは「バショウ」科に属しています。(清水哲男)




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