May 0951999

 そら豆剥き終らば母に別れ告げむ

                           吉野義子

さしぶりに実家に戻っている娘が、老いた母のもとを去りがたく思っている。もう少し母と一緒にいたいと思いながらも、そろそろ出発しなければ、列車の時間に間に合わない。母の夕餉のためのこの蚕豆(そらまめ)をむき終わったら、帰ることにしようと心に決めている。どこか、短歌的な世界を思わせる(字余りの技巧)情感溢れる作品だ。それはそれとして、父と子との場合は、こういうふうにはならない。「じゃ、また……」などと、そっけなく息子は帰っていく。淡白なものだ。そこへいくと、母と娘の情愛の濃さは、私など男にとっては不思議に思えるほどである。ひさしぶりの邂逅にも、すぐに口喧嘩をはじめたかと思えば、次の瞬間にはけろりと笑い合ったりしている。まことに母娘の関係は測りがたしと、我が家の女性たちを見ていても、つくづくと思ってきた。そんな関係のなかで、娘は一心に蚕豆をむいている。さみどり色の大粒の蚕豆を台所に残して、娘はまた彼女の実生活に戻っていくのだ。束の間としか思えなかった母親との時間。別れた後に、この蚕豆のきれいな色彩が、娘より母への万感の感情を手渡してくれるだろう。(清水哲男)




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