May 0651999

 毒消し飲むやわが詩多産の夏来る

                           中村草田男

ささか、体調がすぐれないのだろう。作者は毒消しを飲んでいるのだが、しかし、いよいよ夏がやってきたということで、憂鬱な心は吹っ飛んでいる。さあ、どんどん俳句を書くぞと、その気持ちが体内の毒に勝っている。実際、草田男には夏の句が多い。季節ごとに分冊された歳時記を見ても、夏の巻がいちばん分厚いから、夏は俳人一般にとっても最も創作欲がわく季節なのかもしれない。ところで、「毒消し」はその昔に富山の薬売りが置き薬としていた一種の解毒剤だ。何の毒を消すのかは定かでないままに、私も腹痛のときに飲んだことがある。薬売りは年に一度、定期的に各家を訪問して、昨年置いて帰った薬の飲まれた分だけの料金を徴収し、また新しい薬を独特の木箱に補充して去っていく商売だった。医療機関や救急医療制度が発達していなかった時代の、なかなか巧みに考えられたシステムよる商法で、覚えている読者も多いだろう。貧乏な我が家では、この毒消しをいかに痛みを我慢して飲まないですますかが、切実なテーマであったことを思い出す。(清水哲男)




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