April 3041999

 黒服の春暑き列上野出づ

                           飯田龍太

学旅行の「黒服」である。東京の中高生はあまり東北地方に修学旅行には出かけないので、上野駅から汽車に乗った団体は、帰途につくところだろう。それでなくとも暑い春の日なのに、黒服の団体と遭遇したあっては、むうっとするような蒸し暑い光景だ。しかも、生徒たちは疲れている。その様子が、ますます蒸し暑さを助長する。そんな彼らの乗り込んだ列車が、たったいま発車していった。「やれやれ」という、春の午後である。いまは知らないが、昔はデパートなどの隠語で、修学旅行生のことを「カラス」と言っていたそうだ。もちろん「黒服」からの連想である。私もまた「カラス」の一羽となって、中学時代は日光へ、高校のときは奈良京都へと出かけていった。まだ船木一夫の『修学旅行』が歌われていなかった頃だけれど、後で聞いたときには、歌そっくりの気分で参加していた自分を確認する思いがしたものだ。で、いつだったか、新聞に「この歌は嫌い」という投書が載っていたのを覚えている。中学を出てすぐに働いた人からのもので、「この歌を聞くたびに口惜しくて泣いていました。だから、嫌い」とあった。行きたくても高校に行けない若者のいた時代があったことを、忘れてはいけない。(清水哲男)




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