April 2541999

 鉄道員雨の杉菜を照らしゆく

                           福田甲子雄

の夜のレール点検作業だ。懐中電灯でか、カンテラでか。どこを照らしても、その光の輪のなかに杉菜が見られる季節になった。黒い合羽の鉄道員と、雨に輝く杉菜の明るい緑との対比が印象的だ。田舎の単線での光景だろうか。杉菜は強いヤツで、どこにでもはびこる。『鉄道員』というイタリア映画があった。主人公の貧しい生活と鉄道員であることの誇りとが、リアリズム風に描かれていた。が、そんな当人たちの実体とはかけはなれたところで、この呼称そのものに独特な響きを感じる時代があった。たとえ単線であろうとも、一国の大動脈に関わる職業というわけで、社会も敬意をはらった時代が確実に存在した。六十年以上も前に、熊本工業を卒業するにあたって、川上哲治が職業野球に行くか、それとも「鉄道に出るか」と悩んだ話は有名だ。世間的なステータスは、もちろん「鉄道」のほうが断然高かった。天下の国鉄労働者は、憧れの職業だったのだ。今は、どうなのだろう。鉄道員は健在だし、レール点検のような基礎的な作業は、句のように行われている。そのご苦労に、しかし、敬意をはらう感覚は薄れてしまったのではあるまいか。そういえば、いつの頃からか、子供たちの「電車ごっこ」も姿を消したままだ。(清水哲男)




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