April 2241999

 逃げ水のごと燦々と胃が痛む

                           佐藤鬼房

々と胃が痛むとは、珍しい表現だ。しかも「逃げ水」のようにというのだから、時々キリキリッとあざやかに痛んでは、またすうっと嘘のように痛みがおさまるという症状だろうか。私は幸いにして、ほとんど腹痛とは無縁できたので、句の種類の痛みには連想が及ばない。慢性的な鈍痛でないことだけは、わかるのだが……。「逃げ水」は、科学的には蜃気楼現象の一種と考えられているそうだ。路上などで、遠くにあるように見える水に近づくと、そこには水の気配もない。そこから遠くを見ると、また前方には「水」がある。あたかも水が逃げてしまったように感じられることから「逃げ水」と言う。古来「武蔵野の逃水」は有名で、古歌にも登場する。昔の武蔵野はどこまで言っても草の原という趣きだったので、風にそよぐ草また草を遠くから見ると、しばしば水が流れているように見えたのだろう。現在の季題としては武蔵野に限定されてはおらず、掲句のように、一般的にそうした現象を詠むようになった。(清水哲男)




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