April 1941999

 雨上る雲あたたかに蝌蚪の水

                           松村蒼石

蚪(かと)は「おたまじゃくし」のこと。この季節、水の入った田圃(たんぼ)などには、無数のおたまじゃくしが群れている。かがんで眺めていると、時の経つのも忘れてしまうくらいだ。雨上がりのやわらかい陽射しのなかで、作者はそうして、しばし眺め入ったのであろう。水底にはおたまじゃくしの黒い影がちろちろと動き回り、水面には白い雲の姿が映ってゆったりと流れている。いかにも春らしい至福のひとときである。昭和十二年(1937)の作。そういえば、私が子供だった頃には、何かというと道端でしゃがんだ記憶がある。おたまじゃくしやミズスマシやメダカなどの生き物を見る他にも、田圃に撒かれた石灰が泡を吹いている様子だとか、包丁を研いだり鋸(のこぎり)の目立てをやっている人の手付きなどを、しゃがみこんでは飽かず眺めていた。ひるがえって、いまの子供たちはしゃがまない。第一、しゃがんでまで見るようなものがない。コンビニの前などでしゃがんでいるのは高校生や大学生だが、彼らは別に何かを見ているというのではないだろう。『寒鴬抄』(1950)所収。(清水哲男)




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