April 1541999

 蜆汁家計荒るるにまかせをり

                           小林康治

口青邨に「かちやかちやとかなしかりけり蜆汁」がある。「かちやかちや」と一つ一つ肉を出して食べていると、そのうちに哀しくなってくるという心持ちだ。ていねいに食べている自分も哀れなら、食べられている蜆も哀れである。庶民の食卓におなじみの蜆は小粒で地味だけれど、それだけに地味な生活感覚を表現する絶好の小道具として、昔から俳人に愛されてきた。句の場合は「かちやかちや」というよりも「がちゃがちゃ」と乱暴に食べている。自暴自棄に近い食べ方だ。汁だけすすって、後は「知らないよ」に近い。家計のやり繰り算段に悩んできて、必死に支えてはきたものの、ついに破綻してしまった事情が、この食べ方につながっている。家計が荒れれば心も荒れ、食事の仕方も荒れてくる。愉快な気分とはほど遠い句だが、誰にとっても、他人事ではあるまい。失業率が過去最高となった今日、このような思いで蜆汁をすすっている人もたくさんいるはずだ。いや、蜆汁をすすれれば、まだよいほうだろう。国民のほとんどを借金漬けにしてはばからぬ戦後の経済優先主義を、私は憎悪する。いまどきの若者の利己的な姿勢も、結局はここに起因している。(清水哲男)




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