March 2731999

 川ゆたか美女を落第せしめむか

                           平畑静塔

塔の年譜を見ると、大阪女子医大に勤務していたことがあるというから、そのときの句だろう。進級の及落判定をしなければならず、成績のよくない美人の女子学生のことで、はたと思案するということになった。言ってみれば自分のさじ加減ひとつで彼女の落第がきまるのだから、慎重にと思うのだが、客観的には落第点をつけざるをえない。教官室の窓から外を見やると、まんまんと水をたたえた春の川がゆったりと流れている。そんな自然の豊かな営みを眺めているうちに、及落判定などどうでもよいという感覚になってきたのだけれど、しかし、彼女をどうしたらよいのかという現実問題にも気持ちは立ち戻り、悩むところだなアと嘆息するばかりだ。春爛漫の季節だからこその、この悩み。第三者である読者には、一種の滑稽感もある。そしておそらく、この美女は落第させられたであろう。そんな気がする。でも、そのときの川が「ゆたか」であったように、その後の美女の人生も「ゆたか」であったろうと、一方では、そんな気もする。句に、まったくとげとげしさがないためである。『月下の俘虜』(1955)所収。(清水哲男)




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