March 2431999

 桜湯に眼もとがうるむ仮の世や

                           佐藤鬼房

湯の屋号にもある「桜湯」の定義。「八重桜の半開きの花や蕾を塩漬けにしたもの。茶碗に入れて熱湯を注ぐと、弁はほぐれて花は開いたようになり、香気がほのぼのと立つ。これを桜湯といい、祝いの席などに用いる」(角川書店編『合本・俳句歳時記』第三版)。早い話が、結婚披露宴で出てくるおなじみの飲み物だ。作者もかしこまっていただき、いささか眼もともうるんではきたのだけれど、ふと気をとりなおしたところが句の眼目だ。祝い事に、しょせんは「仮の世」の、はかない演出でしかないという哀しみを感じてしまった……。このような感覚を持つ人は、一般的に変人扱いされそうである。が、いうところのハレの場には、必ずケと響き会うからこその「はれやかさ」があるのであって、そのあたりを知らぬ顔で通しているほうが、実は変なのではなかろうか。多くの人は、社交術として割り切っているが、この「術」ほどに割り切れないものもない。冠婚葬祭への古くさい権力の介入は、相変らずだ。そんな風潮に、べーっと舌を出してみせた滑稽句でもあると、私には読めた。(清水哲男)




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