February 2221999

 人妻に春の喇叭が遠く鳴る

                           中村苑子

妻。単に結婚している女性を言うにすぎないが、たとえば「既婚女性」や「主婦」などと言うよりも、ずっと人間臭く物語性を感じさせる言葉だ。それは「人妻」の「人」が、強く「他人」を意味しており、社会的にある種のタブーを担った存在であることが表示されているからである。もとより、この言葉には、旧弊な男中心社会の身勝手な考えが塗り込められている。最近は、演歌でもめったに使われなくなったように思う。その意味では、死語に近い言葉と言ってもよいだろう。作者は女性だが、しかし、ほとんど男のまなざしで「人妻」を詠んでいるところが興味深い。春の日の昼下がり、遠くからかすかに喇叭(ラッパ)の音が流れてきた。彼女には、戸外でトランペットか何かの練習に励む若者の姿が想起され、つい最近までの我が身の若くて気ままな自由さを思い出している。といって、今の結婚生活に不満があるわけではないのだけれど、ふと青春からは確実に隔たった自分を確認させられて、ちょっぴり淋しい気分に傾いている。遠くの喇叭と自分とを結ぶか細い一本の線、これすなわち「春愁」の設計図に不可欠の基本ラインだろう。『白鳥の歌』(1996)所収。(清水哲男)




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