February 0721999

 春寒し水田の上の根なし雲

                           河東碧梧桐

会人にとってはもはや懐しい風景だが、全国にはいまでも、句そのままの土地はいくらもある。どうかすると、真冬よりも春先のほうが寒い日があって、そういう日には激しい北風が吹く。したがって、雲はちぎれて真白な「根なし雲」。乾いた水田がどこまでも連なり、歩いていると、身を切られるように寒い。山陰で暮らした私の記憶では、学校で卒業式の練習がはじまるころに、この風がいちばん強かった。「蛍の光」や「仰げば尊し」は、北風のなかの歌だった。吉永小百合とマヒナ・スターズの『寒い朝』という歌に、北風の吹く寒い朝でも「こころひとつで暖かくなる」というフレーズがあったが、馬鹿を言ってはいけない。そんなものじゃない。田圃のあぜ道での吹きさらしの身には、「こころ」などないも同然なのである。どこにも風のことは書かれてはいないけれど、私などにはゾクゾクッとくる句だ。こんな日に運悪く「週番」だと、大変だった。誰よりも早く学校に行って、みんなが登校してくるまでに大火鉢に炭火をおこしておくのが役目だったからだ。でも、いま考えれば、先生の立ち合いもなく小学生に勝手に火を扱わせていたわけで(しかも木造の校舎で)、うーむ、昔の大人は度胸があったのだなアと感服する。(清水哲男)




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