January 2211999

 冬の水一枝の影も欺かず

                           中村草田男

草田男の筆跡
草田男の筆跡
田男の代表句。「一枝」は「いっし」と読ませる。池か河か、澄み切った水面が、張りだした枯れ木の枝々を、「一枝」も洩らすことなく克明に映し出している。寒いとも冷たいとも書かれてはいないが、読む者には厳寒の空気がぴりりと伝わってくる。写生に徹することにより至り得た名句。国語の答案であれば、ここまで書いておけばまずは合格点だろうけれど、友人の松本哉が「欺かず」についてさらに考察を加えたことがある。彼が発見したのは、冬の水の位置と作者の視点との関係である。作者は水に映る枯れ枝と本物の枯れ枝とを、いわば横から眺めている。ところが、本物の枯れ枝のほうは確かに横から見ているのだが、水に映ったそれは横から見ていることにはならない。なぜなら、水面は作者が仰向けになって下から枯れ枝を見る視点を提供しているからだ。すなわちここで、作者は複数の視点から一つの景色を眺めていることになるわけだ。この複数の視点があってはじめて、横から見ただけでは判然としない細かい枝々の様子を見ることができる。「欺かず」とは、そうした普通では見えない姿を教えてくれる意味なのだと、松本君はとらえた。なるほど、さすがに物理の徒ならではの鑑賞ぶりだ。脱帽。まいった。『長子』(1937)所収。(清水哲男)




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