January 121999
ほそぼそと月に上げたる橇の鞭
飯田蛇笏
馬橇(ばそり)だろう。犬に曵かせる橇もあるにはあるが、この場合は馬でないと絵にならない。大きな月を背景にして、ひょろりと上がったしなやかな鞭の様子は、さながら昭和モダンの白黒で描かれたイラストレーションの世界を見るようだ。実景かもしれないが、この句から人馬の息づかいは感じられない。むしろ、夜の馬橇の出発は、このようにあってほしいという作者の願望が生んだ想像上の句と読むほうが楽しい。フォルム的にも完璧で、寒夜一瞬の静から動への転移の美しさを定着してみせた技ありの句だ。もちろん、あたりは月明に映えた一面の銀世界である。雪の多い山陰地方で育った私には、懐しい光景と写る。橇とはいっても、いわゆる観光用の美々しい仕立てのものではなくて、伐採した材木を運搬するための粗末な代物でしかなかったけれど、雪の上を飛ぶように滑っていくあの感触は、自動車の乗り心地などとはまた別種の快感に浸れる乗り物であった。サンタクロースの橇は空を飛んで来るが、あれは橇に乗っている感覚からすると、嘘ではない。橇は、空を飛ぶように走る乗り物なのである。(清水哲男)
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