G黷ェニ楽句

January 0811999

 おのが影ふりはなさんとあばれ独楽

                           上村占魚

楽もすっかり郷愁の玩具となってしまった。私が遊んだのは、鉄棒を芯にして木の胴に鉄の輪をはめた「鉄胴独楽」だったが、句の独楽は「肥後独楽」という喧嘩独楽だ。回っている相手の独楽に打ちつけて、跳ねとばして倒せば勝ちである。「頭うちふつて肥後独楽たふれけり」の句もある。形状についての作者の説明。「形はまるで卵をさかさに立てたようだが、上半が円錐形に削られていて、その部分を赤・黄・緑・黒で塗りわけられている。外側が黒だったように記憶する。この黒の輪は他にくらべて幅広に彩られてあった。かつて熊本城主だった加藤清正の紋所の『蛇の目』を意味するものであろうか。独楽の心棒には鏃(やじり)に似た金具を打ちこみ、これは相手の独楽を叩き割るための仕組みで、いつも研ぎすまされている」。小さいけれど、獰猛な気性を秘めた独楽のようだ。ここで、句意も鮮明となる。「鉄胴独楽」でも喧嘩はさせた。夕暮れともなると、鉄の輪の打ち合いで火花が散ったことも、なつかしい思い出である。昔の子供の闘争心は、かくのごとくに煽られ、かくのごとくに解消されていた。ひるがえって現代の子供のそれは、多く密閉されたままである。『球磨』(1949)所収。(清水哲男)


January 0312003

 勝独楽は派手なジャケツの子供かな

                           上野 泰

語は「独楽(こま)」で新年。凧(たこ)と並んで、正月の男の子の代表的な玩具だった。情景は喧嘩独楽で、同時に回して相手をはじき飛ばしたほうが勝ち。たまたま通りかかった作者が、勝負や如何にと眺めていると、勝ったのは「派手なジャケツの子供」だった。それだけの句であるが、ここには作者の「やっぱりね」という内心がのぞいている。むろん「派手なジャケツ」は親に着せてもらっているのだけれど、その子供がその場を仕切る、ないしは支配する雰囲気とよくマッチしていて、「やっぱりね」とつぶやくしかないのである。こういう子供はよくいるものだし、私が子供だったころにもいた。そして面白いのは、この子に支配された関係が、大人になってもつづいていくことだ。クラス会などで出会うと、職業も違い、住んでいる場所も離れていてすっかり忘れていたのに、会った途端から、すうっと昔の関係に戻ってしまう。思わずも、身構えたくなったりする。これは、どういうことなのか。作者はおそらく、そうした未来の関係をも見越した上で、詠んだのではないだろうか。「派手なジャケツの子供」は一生涯派手にふるまい、地味で負けてばかりいる子供は、一生ウダツが上がらない。と、ここまで言うと極端に過ぎようが、しかし、子供のころに自然にできあがった関係は、なかなか解消できるものではないだろう。自分の子供時代を振り返ってみると、いちばんよくわかるはずだ。『佐介』(1950)所収。(清水哲男)


January 3012013

 一月の死へ垂直な独楽の芯

                           高岡 修

の初めの「一月」を「正月」と呼ぶと、両者が与えるイメージは同じ月でありながら、ニュアンスはだいぶちがってくる。「正月」だと、かなり陽気でくだけた楽しいイメージを放つ。まさに年の初めの「めでたさ」である。ところが「一月」とすると、どこかしら年の初めの厳粛な緊張感を伴った寒々しさが感じられる。おもしろいと思う。それゆえに「一月の死」は考えられても、「正月の死」はちょっと考えにくい。この場合の「一月の死」は、さまざまな受け取り方が考えられるだろうが、私は「形而上的な死」という意味合いとして、この句がもつ時空を解釈したい。死、それとは対極的に勢いよく回る独楽は、まっすぐにブレることなく静止しているかのように勢いよく回っている。しかし、その垂直な芯はやがてブレてゆらいで、必ず停止するという終わりをむかえることになる。つまり死である。一月の「1」という数字と、回っている独楽の芯の垂直性とが重なって感じられるーーというのは読み過ぎだろうか? 明日で一月は終わる。同じ句集には、他に「春の扉(と)へ寝返りを打つ冬銀河」がある。『果てるまで』(2012)所収。(八木忠栄)




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