December 16121998

 船のやうに年逝く人をこぼしつつ

                           矢島渚男

れていく年。誰にもそれぞれの感慨があるから、昔から季語「年逝く」や「行く年」の句はとてもたくさんある。が、ほとんどはトリビアルな身辺事情を詠んだ小振りの抒情句で、この句のように骨格の太い作品は珍しい。「船のやうに」という比喩も俳句では珍しいが、なるほど年月はいつでも水の上をすべるがごとく、容赦なく逝ってしまうのである。つづく「人をこぼしつつ」が、まことに見事な展開だ。これには、おそらく二つの意味が込められている。一つは、人の事情などお構いなしに過ぎていく容赦のない時間の流れを象徴しており、もう一つには、今年も「時の船」からこぼれ落ちて不在となった多くの死者を追悼する気持ちが込められている。「舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして、旅を栖(すみか)とす」と、芭蕉は『おくのほそ道』に書きつけた。この情景を年の暮れに遠望すれば、かくのごとき世界が見えてくるというわけである。蛇足ながら「舟」ではなくて「船」であるところが、やはり現代ならではの作品だ。蛇足ついでの連想だが、いわゆる「一蓮托生」の「蓮」も、現実的にはずいぶんと巨大になってきているのだと思う。『船のやうに』所収。(清水哲男)




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