December 10121998

 冬の街戞々とゆき恋もなし

                           藤田湘子

て、この見慣れない漢字「戞(かつ)」とは何を意味するのだろうか。さっそく漢和辞典を引いてみたら、「戞」は「戈(ほこ)」のことであり、字解としては「戈で首を切る」意とあった。なるほど、戈の上に頭部が乗っかっている。で、「戞々」は「かつかつ」と発音する。馬のヒヅメの音などを表現するのに使われていた言葉らしく、この場合は人の足音に流用されている。このときの作者は、まだ二十代。あえて難しい漢字をもってきたのは、あながち若気のいたりからでもあるまいと読んだ。平板に「かつかつと」とやったのでは、どうにもシマラない。青年に特有の昂然たる気合いが、いまひとつ表現できない。だから「戞々と」と漢語を使用することで、そのあたりの気分を出したかったのだろう。したがって「恋もなし」とは言っているが、これはほとんどつけたりである。主眼は、ひとりの若者が孤独などものともせずに己れの信じる道を行くのだという「述志の詩」なのだ。冬の街だからこそ、寒気にさからうように昂然と眉を上げて歩いていくというわけだ。その意気込みが「戞々」に込められている。やはり「戞々」でなければならないのだった。『途上』(1955)所収。(清水哲男)




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