G黷ェ蜊ェ句

November 30111998

 死にたれば人来て大根煮きはじむ

                           下村槐太

かが亡くなると、近所の主婦たちが総出で炊き出しをはじめる。今の都会ではすっかりすたれてしまった風習だが、冠婚葬祭に手助けをするのは、昔の近所づきあいの原点であった。たとえ「村八分」にした家でも、葬いのときだけは別であったという。下村槐太(1910-66)は、大阪の人。大阪は、こういうことには特にうるさかった土地柄だ。ここで、槐太と死者との縁の深さは知らないが、そんな風習を突き放して詠んでいる。俗事に距離を置いている。はっきり言って、「くそくらえ」と冷笑している。子供の頃に私が体験した範囲で書いておけば、弔いの家の台所という場所は総じて明るかったし、女たちは生き生きと活躍していた。当たり前である。冠婚葬祭のときだけは、家庭のルールなど無視してもよかったのだから……。主婦にとってはこの機会を提供してくれた相手が、死者であろうが何であろうが、いっこうに構わないのであった。一方、槐太はそうした活気を茫然と眺めている。俗事のタフさにたじろいでいて、まるで生と死の輪廻の外に立っている人のようだ。人間、タフでなければ生きてはいけない。しかし、タフな人間には、いわば天才的な鈍感さも要求されるということだ。そして、槐太自身は、貧窮のうちに不遇な死に方をした。このときにも、大根が盛大に煮かれたかどうかは、もとより私の知るところではない。『下村槐太全句集』(1977)所収(清水哲男)


December 18122000

 流れ行く大根の葉の早さかな

                           高浜虚子

れぞ、俳句。中学校の教室で、そう習った。習ったとき、我が家は生活用水として近所の小川を使っていたので、実感として理解はできた。が、一方ではあまりにも当たり前すぎて、句のよさはわからなかった。よさは、流れていく大根の葉だけを詠むことで、周辺の情景を彷彿させるところだろう。昭和三年(1928)の九品仏吟行で得た句というが、このような情景はどこかの地に特有なものではなく、全国的に普通に見られた。すなわち、往時の多くの日本人には、思い当たる情景だった。どのような表現でもそうだけれど、とくに短い俳句では、このように普遍性の高い生活環境や生活条件に下駄をあずけざるをえないところがある。言外の意味を、普遍性ないしは常識性に依存するのだ。そんなことを考えると、俳句の寿命は短い。世の中が変わると、昔の句は滅びてしまう。でも、私はそれでよしと思う。永遠の名作を望むよりも、束の間の命を盛んに燃やしたほうが、潔くてよろしい。おそらく、現代の若者には、この句の味は本当にはわかるまい。あまりにも、日常とは遠い世界の「大根の葉」であり、その「流れ行く早さ」であるからだ。あまりにも、当たり前の事象ではないからだ。まだ教科書に載っているかどうかは知らないが、載っていたとしても、教師には教えようがないだろう。俳句は、読み捨て。教えるとすれば、そういうことしかない。揚句に共感できる人も、みな同じ思いだろう。くどいようだが、それでよいのである。この句は、もはや「これぞ、俳句」のサンプルではなくなりかけてきたということ。(清水哲男)


December 14122003

 大根のぐいと立ちたる天気かな

                           原田 暹

練馬大根
語は「大根」で冬。収穫期から言う。大気は冷たいが快晴、すっきりとして気持ちの良い「天気」である。そんな冬の上天気を、大根畑の様子だけで描ききったところは見事だ。なかなか、こうは詠めない。畑を見たことのない人だと、「立ちたる」の状態がわかりにくいだろう。根菜の知識が災いして、根がすっぽりと地中に埋まっていると思ってしまうからだ。でもたしかに、大根は「ぐいと」立っている。品種にもよるけれど、根の白い部分が地表に出てくるのが普通で、いちばん出るものだと30センチくらいが見える。まさに「立つ」という言い方がふさわしい。作者は関西の人なので、どんな品種の大根だろうか。昨今は圧倒的に雑種が多いそうなので、特定は無理かもしれない。東京の有名な練馬大根も長年雑種に押しまくられていたが、ここのところ復活の動きが活発化してきた。見た目で言うと葉の広がりの大きいのが特徴である。何万年もの昔の富士噴火の灰が降り積もった関東地方の土(関東ローム層)の厚さは、深いところで七メートルほどもあるそうで、根菜類の生育に適している。大根を素材にした料理にもさまざまあるが、私の好物は素朴な味噌汁だ。繊六本に刻んだ大根以外には、何の具も入れない。小さい頃、母がよく作ってくれた。貧しかったので、他の具は入れようもなかったのだろうが……。寒い朝、ふうふう言いながらこいつを食べると、身体の芯から暖まった。写真は練馬区のHP「よみがえれ練馬大根」より借用。『天下』(1998)所収。(清水哲男)


February 0322004

 大根擂る欲望なんてあるにはある

                           永島理江子

語は「大根」で冬。作者は、大根を擂(す)っている。もはや手慣れた作業だから、とくに何か気をつけることもない。ただ、一定量まで擂りおろすだけだ。だが、人はしばしばこうした単純な作業の間に、ふっとあらぬことに思いが飛んだりすることがある。この場合には、すっかり忘れていた「欲望」、あるいはあきらめていたはずの「欲望」が突然にわいてきて、困惑しつつ苦笑いをしながら、それを振り払うように、また単純作業に力を込めたと言うのである。「欲望なんて」と切り捨てようとしてはみたものの、やはり「あるにはある」と自己肯定しているところが切ない。正確には、一瞬滑稽に思え、次の瞬間になんとも切なくなる。思い当たる人も多いのではなかろうか。この句は、作者がもう若くない人であることを告げている。「欲望」の中身は知る由もないけれど、それがなんであれ、高齢者のうちにも、若者や壮年者同様に種々の欲望が渦巻いていることの一端を示している。当たり前じゃないか、などと言う勿れ。いまにはじまったことではなく、壮年者が牛耳る世間はこのことをいつも忘れてきたのだ。年齢を重ねるうちに欲望などは消えていくものだと、なんとなく、あるときは故意に思ってきたというのが、私たちの歴史的真実である。枯れてきた人間は床の間にでも飾っとけ。そんな具合に高齢者を扱い、しかし善意は装い、たまさか彼らが欲望を発揮しようとすれば、年がいもないと嘲笑する。ときには、威嚇する。やがて自分が高齢に達することはわかっているはずなのに、これである。なんという矛盾だろう。だが、多くの高齢者はこの矛盾をあげつらうこともできずに、矛盾をあたかも自然の摂理のようにして暮らしているのだ。掲句のように、もはや作者が苦笑するしかない小さな哀しみを、壮年者の誰がよく理解するであろうか。『鶴の胸』(2003)所収。(清水哲男)


December 09122005

 ぬぬつと大根ぬぬぬとニュータウン

                           今富節子

語は「大根」で冬。ははは、これは愉快。対比の妙、言い得て妙。この冬も畑に勢い良く大根が育ち、「ぬぬつ」と伸びてきた。で、はるかあなたを見渡せば、あちらでは幾棟もの高層住宅が「ぬぬぬ」と伸びている。大根は育つものゆえ「ぬぬつ」なのであり、ニュータウンの住宅はもはや育たないので「ぬぬぬ」のままの状態なのである。何気ない表現に見えて、神経が行き届いている。ところで、ニュータウン。句としてはむろんこれで良いのであるが、近づいてみると、いろいろな問題があるようだ。元来ニュータウンは、若い夫婦の入居先に考えられた住宅街で、子育てが終わったら次の世代の夫婦と交替する構想のもとにあった。だが、現実的には地価の高騰などによる住宅難から、スムーズな世代交替は行われず、いまやオールドタウンと言われるところも珍しくはない。「また、行政自らが、住民の共有財産といえる、風土や自然環境を破壊して土地を開発し、その土地の売却で新たな事業資金を得るという、まるで不動産開発業者のような事業形態が多い。その結果、現実の需要に関わり無く、過大な需要予測に基づいて次々に開発を続けて行くといった事態が生じ、特にバブル経済破綻後、これらの事業体が巨額の累積赤字、借入金や売れない土地を抱えている事実が判明して、その処理が大きな社会問題になっている」(「Wikipedia」より)。読者のなかには、ニュータウンにお住まいの方もおられるだろう。遠望すれば「ぬぬぬぬ」の街区にも、諸問題は途切れることなく「ぬぬつ」と頭をもたげつづけているというわけだ。『多福』(2005)所収。(清水哲男)


December 02122009

 東海道松の並木に懸大根

                           吉屋信子

海道の松並木と懸大根の取り合わせがみごとである。しかもワイドスクリーンになっている。「懸大根」とは「大根干す」の傍題であり、たくあん漬にするための大根を、並木に渡した竹竿か何かにずらりと干している図である。東海道のどこかで目にした、おそらく実景だろうと思われる。たくさん干されている大根の彼方には、冠雪の富士山がくっきり見えているのかもしれない。私は十年ほど前、別の土地でそれに似た光景に出くわしたことがある。弘前から龍飛岬へ行く途中、津軽線の蓬田あたりの車窓からの眺めだったと思う。海岸沿いに白い烏賊ならぬ真っ白い懸大根が、ずらりと視界をさえぎっていた。場所柄、魚を干しているならばともかく、海岸と大根の取り合わせに場違いで奇妙な印象をもった。もちろん、漁村でたくあん漬を作っても何の不思議もないわけだが……。さて、東海道の松並木というと、私などは清水次郎長一家がそろって、旅支度で松の並木を急ぐという、映画のカッコいいワンシーンを思い出してしまう。信子の大根への着眼には畏れ入りました。立派な東海道の絵というよりも、土地に対する親近感というか濃い生活感を読みとることができる。信子の冬の句に「寒紅や二夫にまみえて子をなさず」「寒釣や世に背きたる背を向けて」などがある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


January 0912010

 味噌たれてくる大根の厚みかな

                           辻 桃子

句なしに美味しそう。〈大根は一本お揚げ鶏その他〉の句と並んでいるが、いずれもとにかく美味しそうだ。この句の場合、味噌たれてくる大根、ときて、煮込んだ大根に味噌がかかっているのはわかるけれどまだそれだけで、厚みかな、としっかりした下五であらためてとろっと味噌がたれる。その絶妙の感覚が、こういう美味しそうな俳句の、写真にも文章にも真似のできない味わいだろう。じっくりこっくり煮込んだ大根に箸をゆっくり入れる。その断面にたれてくる味噌の香りと大根の匂いや湯気までが、それぞれの読み手の頭の中に映像として結ばれて、そのうちの何人かは、あ〜今日は大根煮よう、と思うのだ。この作者の、これまで増俳に登場した句には〈秋風やカレー一鍋すぐに空〉〈アジフライにじゃぶとソースや麦の秋〉などがあり、料理上手な作者が思われる。「津軽」(2009)所収。(今井肖子)


November 25112010

 偵察衛星大根が煮くずれる

                           櫻木美保子

近、探査機「はやぶさ」が小惑星に着陸し採集した物質を持ち帰り話題になった。掲句では煮くずれる「大根」と「偵察衛星」という摩訶不思議な取り合わせだけど、その飛躍の大きさに何となく惹かれる。なぜ作者は煮くずれる大根を見て偵察衛星に考えがいたったのだろう。「偵察衛星」だから「はやぶさ」のように未知の世界に出かけるのではなく、地球の周りを回りながら、こっそりとある場所の映像を送り続けているのだろう。その地表のイメージを煮崩れる大根に重ねているのか。作者の胸の内は想像するしかないけど、大根をことこと煮込む時間と地球を廻り続ける衛星の単調な時間が重なりあったのだろう。台所にある日常が不穏さを持った別の世界へ引き延ばされる感じがする。『だんだん』(2010)所収。(三宅やよい)


June 1762011

 春水をたたけばいたく窪むなり

                           高浜虚子

の句とか同じ虚子の「大根を水くしやくしやにして洗ふ」などの機智はまさに今流行のそれ。虚子信奉の現代の「若手」が好んで用いる傾向である。窪むはずもない液体が窪んでいるという、液体を個体のように言う見立て。くしゃくしゃになるはずもない水をそう見立てる同類の機智。同じような仕立ての句を見たら、あ、この発想は虚子パターンだろと言ってやるのだ。虚子の発想の範囲を学びその埒の中で作り、自作の典拠としての虚子的なるものの数を誇る。そのままだと俳句は永遠に虚子から出られない。バイブルの方には責任はない。学ぶ側の志の問題だ。『五百五十句』(1943)所収。(今井 聖)


October 31102011

 菊の後大根の外更になし

                           松尾芭蕉

の季節は春の梅ではじまり、秋の菊で終わる。「菊」は「鞠」とも書き、この字は「窮」に通じていて、物事の究極、最後を意味している。つまり菊は「最後の花」というわけで、慈鎮和尚に「いとせめてうつろふ色のをしきかなきくより後の花しなければ」という歌がある。これを踏まえて、芭蕉は掲句を詠んだらしい。「そんなことはない。菊の花が終わった後にも、真っ白くて愛すべき大根があるではないか」と解釈できるのだが、よく考えるまでもなく、菊と大根を並べるということは、すなわち花と根とを比べていることになるので、いくらパロディとは言ってもかなりの無理がある。突飛すぎる。大根も花をつけるが、季節は春だから句にはそぐわない。誰かこのことを指摘していないかと調べてみたけれど、見当たらなかった。そこで私流の解釈をしておけば、この句は花と根を比較しているのではなくて、両者の味わいを比較したのだと思う。つまり「菊」は花を指すのではなく「味」を指している。要するに芭蕉は慈鎮和尚の歌の菊の花を「菊の味わい」と読み替えてパロディ化したわけで、この菊は「食用菊」なのだと思う。菊も美味いが、大根も負けず劣らずの美味さだよ、と。食用菊なら平安の昔からあったそうだから、理屈も通る。どうであろうか。(清水哲男)


December 02122011

 新大久保の大根キムチ色の空

                           夏井いつき

浜に住んでいて昔ながらの繁華街伊勢佐木町はかなり東南アジア系の店が増えていることを実感する。最初はおっかなびっくりでなんとなく敬遠していた異国料理の店もそのうちみんな抵抗なく通うようになる。新大久保もそうだ。風俗系の店が多い印象だったのが、今や人気のある韓国料理の店に行列が出来ている。大根キムチの色の空は夕方かな。白い雲に夕焼けが薄く滲んでいる。この大根が季語かどうかなどという論議は無用。そもそも日本的なるものが無国籍のはちゃめちゃな面白い情緒に姿を変える。そこでも俳句はちゃんと生きていける。そういう主張とエネルギーに満ちた句だ。俳句マガジン「いつき組」(2011年12月号)所載。(今井 聖)


November 07112012

 何にても大根おろしの美しき

                           高橋順子

根を詠んだ句は多いし、「大根洗」「大根干す」などの季語もある。それだけ古くから、大根は私たち日本人の暮しにとって欠かせないものになっているというわけである。食料としてはナマでよし、煮てよし、炒めてよし、漬けてよしである。それにしても、「大根おろし」の句はあまり見かけない。簡単に食卓に並べられる大根おろし。その水気をたっぷり含んだ素朴さに、順子は今さらのようにその美しさを発見し、素直に驚いているのだ。下五を「美しさ」としたのでは間抜けな感嘆に終わってしまうけれど、「美しき」と結んだことで句としてきりっと締まり、テンションが上がった。食卓で主役になることはあり得ないけれど、「大根おろし」がないとどうしようもない日本のレシピはたくさんある。おろしには食欲も気持ちもさらりと洗われる思いがする。大根そのもののかたちは「美しき」とは必ずしも言えないけれど、おろしにすることによって、水分をたっぷり含んだ透明感があって雪のような純白さには、誰もが感嘆させられる。「美しき」とは「おいしさ/美味」をも意味しているのだろう。大根のあの辛味もなくてはならないもの。掲句には女性ならではの繊細な観察が生かされている。順子の他の句「しらうをは海のいろして生まれけり」にも、繊細で深い観察が生きている。『博奕好き』(1998)所収。(八木忠栄)


December 26122015

 千の葉の国に住みつき大根食ぶ

                           鳥居三朗

葉という県名は、県庁所在地の千葉市の地名から名付けられたというが、千葉という地名そのものの由来は諸説ある。しかし、千の葉、と美しい言葉で表現されると、豊かな自然と土壌が思われてなるほどと思う。千葉県八千代市にお住いだった作者、千葉名産のピーナッツが好物と伺ったが、今日は大根を食べている。今が旬のこの野菜、生でも煮ても焼いてもおいしく、その生活感が日常の幸せを思わせる。都会過ぎないけれど便利で住みやすい八千代での暮しにしみじみと幸せを感じながら、よく煮えて味のしみた大根をおいしそうに食べている様子が思い浮かぶ。飾らず優しく自然体だった鳥居三朗さんだが、今年の九月、あっというまに旅立たれてしまわれた。思い出されるのは笑顔ばかり、心よりご冥福を祈りつつ今年最後の一句に。合掌。『てつぺんかけたか』(2015)所収。(今井肖子)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます