November 28111998

 梅漬の種が真赤ぞ甲斐の冬

                           飯田龍太

斐は盆地(甲府盆地)だから、夏はひどく暑く、冬の底冷えは厳しい。その意味で、私の知っている土地で言うと、京都の気候に似ている。似ているからといって、しかし、この句を「京の冬」とやっても通用しない。京都には、「真赤ぞ」の「ぞ」を受けとめるだけの地力に欠けているからである。やはり、作者のよく知る「甲斐の冬」でなければならないのだ。甲斐には、作者渾身の「ぞ」を受けとめて跳ね返すほどのパワーがある。このような「ぞ」と釣り合う土地は、少なくとも現代の大都市にはないだろう。さて、この句は何を言いたいのか。わからなくて何度も舌頭にころがしているうちに、深い郷土愛に根ざした自己激励の句だと思えてきた。「ぞ」は甲斐の国に向けられていると同時に、作者自身にも向けられている。郷土に向けて叫ばれているときの真っ赤な種は作者自身であり、作者に向けられているときのそれは郷土の守護霊のようなものだ。そしてこのとき、作者の眼前に真っ赤な種があるわけではないだろう。厳寒の郷土にあっての身震いするような志が、おのずから引き寄せた鮮やかなイメージなのである。(清水哲男)




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