October 19101998

 あきぐみに陽の匂う風吹き来たる

                           金子兜太

通には「ぐみ(茱萸)」と言う地方が多いと思うが、植物名としては句のように「あきぐみ(秋茱萸)」と呼ぶのが正式だ。私の田舎ではそこここに原生しており、学校帰りに枝ごと折り取っては食べながら歩いたものだ。赤くて小さな実は甘酸っぱく、少し渋い。茱萸の実の熟れる十月の半ばともなると、山国の風は冷たさを増してくる。が、ときに恩寵のように柔らかく暖かな風が吹く日もある。この句はそんな風をとらえているが、なんという優しいまなざしであろう。実はそれも道理で、前書に「姪百世(ももよ)結婚」とあって、祝婚句なのだ。たぶん色紙に記されて贈られたであろうこの句を、新婚夫婦はどこに飾ったのだろうか。むりやりに句から教訓を引き出す(これが俳句読みのいけないところだと、李御寧が『蛙はなぜ古池に飛びこんだのか』で叱っている)必要もないけれど、恩寵のようなおだやかな風に恵まれた若い二人の生活にも、どこかに渋い味が隠されていることを、作者は言っておきたかったのかもしれない。代表作とはならないにしても、兜太の抒情的才質をうかがわせるに十分参考になる美しい作品だ。『皆之』(1986)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます