October 12101998

 一葉落ち犬舎にはかに声おこる

                           小倉涌史

った一枚の葉が落ちて犬が驚き騒いだというのだから、相当に大きな葉でなければならない。たぶん、朴(ほお)の葉だろう。三十センチ以上もある巨大な葉である。つい最近、直撃は免れたけれど、呑気に歩いていたらいきなりコヤツが落ちかかってきてびっくりした。落下音も、バサリッと凄い。犬だからびっくりするのではなく、人間だって相当にびっくりする(「朴落葉」や「落葉」は冬の季語)。ところで、句の時系列ないしは因果関係とは反対に、作者はにわかに犬小屋が騒がしくなったことから、ああきっと朴の葉が落ちたのだなと納得し、そこでこのように時間的な順序を整えて作品化している。まさか、これから葉が落ちて犬がびっくりするぞと、ずうっと朴の木を見張っていたわけではあるまい。つまり、この句は写生句のようでいて、本当は事実に忠実な写生句ではないのである。しかし、この句を、書かれているままの時間の順序に従って読み、それだけで納得する人は少ないだろう。やはり、私たちは犬が騒いだので作者が落葉を知ったのだと、ごく自然に読むのである。なぜだろうか……。俳句だからだ。『落紅』(1993)所収。(清水哲男)




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