October 02101998

 銀色の釘はさみ抜く林檎箱

                           波多野爽波

前の句。北国から、大きな箱で林檎が送られてきた。縄をほどいた後、一本ずつていねいに釘を抜いていく。「はさみ抜く」は、金槌の片側についているヤットコを使って浮いた釘をはさみ、梃子(てこ)の原理で抜くのである。真新しい釘は、いずれも銀色だ。スパッと抜く度に、目に心地好い。クッション用に詰められた籾殻(もみがら)の間からは、つややかな林檎の肌が見えてくる。何であれ、贈り物のパッケージを開けるのは楽しいことだが、林檎箱のように時間がかかる物は格別である。その楽しさを釘の色に託したところが、新鮮で面白い。往時の家庭では釘は必需品であり、林檎箱から抜いた釘も捨てたりせず、元通りのまっすぐな形に直してから釘箱に保管した。同じ釘は何度も使用されたから、普通の家庭では新品の銀色の釘を使うことなどめったになく、したがって句の林檎箱の新しい釘には、それだけでよい気分がわいてくるというわけだ。そして、もちろん箱も残されて、物入れに使ったりした。高校時代まで、私の机と本箱は林檎箱か蜜柑箱だった。『鋪道の花』(1956)所収。(清水哲男)




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