September 2891998

 恋びとよ砂糖断ちたる月夜なり

                           原子公平

の句を知ったのは、もう十年以上も前のことだ。なんだか「感じがいいなア」とは思ったけれど、よくは理解できなかった。このときの作者は、おそらく医者から糖分を取ることを禁じられていたのだろう。だから、月見団子も駄目なら、もちろん酒も駄目。せっかくの美しい月夜がだいなしである。そのことを「恋びと」に訴えている。とまあ、自嘲の句と今日は読んでおきたい。そして、この「恋びと」は具体的な誰かれのことではない。作者の心のなかにのみ住む理想の女だ。幻だ。そう読まないと、句の孤独感は深まらない。「恋びと」と「砂糖」、「女」と「月」。この取り合わせは付き過ぎているけれど、中七音で実質的にすぱりと「砂糖」を切り捨てているところに、「感じがいいなア」と思わせる仕掛けがある。つまり、字面に「砂糖」はあるが、実体としてはカケラもないわけだ。病気の作者にしてみれば「殺生な、助けてくれよ」の心境だろうが、おおかたの読者は微笑さえ浮かべて読むのではあるまいか。ちなみに、今年の名月は十月五日(月)である。『海は恋人』(1987)所収。(清水哲男)




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